震災から8カ月がたった。もう、こういう単純な日付による区切りにあまり意味があるとは思えないが。

 昨日も今日も明日も、まだまだ被災地の復旧作業は続いていて、それはまだ「復興」に入ったとは言えない。旧に復するだけでまだまだ何年もの時間がかかるのである。

 と小難しく書き始めてみはしたけれど、まあ、南三陸のコーちゃんや馨ちゃんや和君、そしていつも優しい久司さんたちは今日はどうしてるのかなぁ、ということだ。コーちゃんは群馬県に出稼ぎに行くことになったらしい。



 わたしが震災発生直後からお邪魔することになった宮城県の歌津半島にある馬場中山集落は、現地では

「ばんばなかやま」

と呼びます。「ばばなかやま」ではなく「ん」が入るんですね。


 震災直後から南三陸町を中心とする宮城県に通い始めて半年がたちました。

 被災地した人たちにとって「半年」という区切りが特に意味を持つわけではありません。震災直後の必死の生存と生存者救出のあとは、少しでも避難所の生活を改善するための努力がつづき、仮設住宅に移ったあとは生活・生計の立て直しへと、際限なく苦労の毎日が続いていきます。

 とはいうものの、9月中旬の現地を訪れて、ひとつの画期を迎えていることを強く感じました。今回は現地の直近のレポートを含めて、これまで半年の被災地を振り返ってみたいとおもいます。以下、何回かに分けてレポートしますので、おつきあいください。


とにかくひたすら雨に耐える

 19日は朝から未来道の伐採作業。未来道はこれまでのボランティアと地元の人たちの作業で開通はしているのだが、細かい作業が後回しになっている。大径木は道路の開削のために本職の伐採業者が切り倒しているのだけど、細い木は重機でなぎ倒してそのまま道路脇に放置されている。


南三陸9/18の活動日記

 朝0800時からナガオカ治療院が開業。早朝からおおいなる盛況になった。

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